2018年7月6日金曜日

第8回ナラティブ報告会(6階西病棟編)

今回、6階西病棟 外科呼吸器外科口腔外科消化器外科に所属するH29年4月に入職した4名が、この1年間で心に1番残った患者様や、ご家族との関わりについて報告致します。

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6階西病棟 外科呼吸器外科口腔外科消化器外科

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6階西病棟
新人看護師 東條 さやか
        「終末期の患者様・家族に対する看護の姿勢
 看護学校を卒業し社会人としても看護師としても、1年目が過ぎようとしている。
入職当初は、患者様との関わり方や自分の看護感について悩み、不安に思う事も多くあったが日々の業務の中で患者様自身に元気をもらう事も多かった。
そんな中印象深く覚えている1人の患者様がいる。
 その患者様は、A氏。A氏は、大腸癌末期の方で入退院を繰り返していた。私が入職した頃入院し、オキシコンチンやレスキュー薬で疼痛コントロールをしていた。日中は、車椅子で移動しており、同室患者様といつも明るく話をしたり廊下を散歩されたりしていた。A氏の奥さんも明るい方で、私がA氏と同じ出身地であったため会うと声をかけて下さったりしていた。
その後、病状も軽快し家族も自宅での介護を希望されていたため自宅退院となった。
退院後A氏は、外来受診時は病棟へ車椅子で来られ、近況など色々な話をしてくれていた。
 退院してから2か月程経ったある日、A氏が病棟へERより緊急入院されてきた。その時のA氏はレベルも低下しており自分では起き上がれないまでADLが低下していた。尿道留置カテーテルも挿入されオキシコンチンも増量となっていった。A氏の奥さんは毎日面会に来られ「ごはんだよ」「大丈夫」と励まし声をかけていた。ある日、私に「やっぱり最後は家じゃなくて病院でお世話になるのかな」と話された事を今でも覚えている。A氏は入院期間が長くなるにつれ呼吸状態も悪化していき主治医よりDNRの話もあった。家族は涙を流しながら聞いていた。更に呼吸状態は悪化しリザーバーマスクでの酸素投与となり意識レベルの低下も著名であった。
 私も時間が空いた時はA氏の部屋に行き、奥さんの話を聞き、声をかけたしていた。
私が遅出業務であった日準夜帯に心電図モニターのアラームが鳴りA氏のモニター波形はVF。
その後すぐA氏の部屋のナースコールが鳴り、部屋に行くと奥さんが「しっかりして。目を開けて」と叫ばれていた。家族に見守られA氏は亡くなった。今まで見取りの時に合う事もあったが、最後までA氏と共に闘病した奥さんが「ありがとう」と涙を流し話しかける姿を見てとても悲しく、奥さんに「今までお世話になったね」と言葉をかけられた時は返す言葉に詰まってしまった。
涙を堪えて挨拶する事しかできなかった。しかし、A氏とA氏の家族から、家族みんなで病気と闘う絆や看護師としての関わる姿勢・自分の看護感は何か気づく事ができた。
 看護師は、患者様より「ありがとう」と言葉・笑顔をもらい、自分まで元気をもらう事も多くあるが、患者様に最期に寄り添うことも多くある。患者様・家族の闘病での苦しみをくみ取って関わっていくのは難しいかもしれないが、少しでも精神的な支えとなれるような、自分にできる看護・関わりをしていこうと思う。

実地指導者 山野 望
        「1年を通して
 まず、初めに1年間お疲れ様でした。公私ともに色々あった年でしたね。
初めて会った東條さんの印象は、小さくてうさぎみたいで、病棟でそわそわしており大丈夫かな?と思っていました。実際、患者様の所に行く際、不安そうな顔をしながら患者様の元に行っているのを見て、患者様と上手く接する事が出来るかなと思っていましたが今では、病棟や患者様に慣れて素敵な笑顔を見る機会が多くなり良かったと思います。
 東條さんの患者様への対応を見ていると、丁寧で言葉かけも優しく、これからも続けてほしいです。でも、不安なことなど少しでもあると不安な顔をしながら聞きに来ますね。不安なことをすぐ聞けることはとても良いことですが、患者様の前では笑顔で自信を持って対応出来るようにしましょう。テーマでもある終末期の患者様への対応ですが、外科病棟は手術をして元気になり、退院する患者様が多い一方、癌の終末期による徐々にADLが低下していかれる患者様もいます。
 その中で1年目で看取りの場面を見せてもらう事が出来て良かったと思います。
私も終末期にあたる患者様やその家族の方に対する声掛けはとても難しく、正解はないと思います。1年がやっと過ぎ、少し安心しているかも知れませんが、東條さんがいつまでも学ぶ姿勢・考える事は大切ですので頑張っていきましょう。

6西病棟師長 山下 朋子
         「今の思いを忘れずに
 目に涙を浮かべ、私の前に来ることが多かった東條さん。
この前、入職したと思っていたのに、あっという間の1年間でしたね。
 今回、東條さんは、心に残った症例として終末期の看護の関わりを述べてくれています。
ご家族みんなで病気と闘う絆や、看護師としての関わる姿勢・自分の看護観は何か気づく事が出来、患者様・ご家族の闘病での苦しみをくみ取って関わっていくのは難しいかもしれないが、少しでも精神的な支えとなれるような、自分に出来る看護・関わりをしていこうと思うと述べてくれています。東條さん自身が今年は、A氏の家族と同じ境遇に遭いました。終末期患者様の家族の経験をしましたね。悲しい思いを経験しました。その時の思いが、今も心にあるのではないでしょうか。
最近の東條さんの看護の姿を見ていると、患者様やご家族と良く話をしており、対応の仕方も優しさが伝わってきます。成長したなと思います。
 2年目を迎え、これからも色々な経験をすると思いますが、先輩達が今以上に心の支えになってくれているなと感じることが増えてきます。日々、感謝の心を忘れずにしましょう。
まずは、1年間お疲れ様でした。これからも宜しくお願いします。

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新人看護師 黒原 航太
        「数回の手術を行った患者様との関わりを通して
 入職して約一年が経ち、まだまだ覚える事が多く、業務をこなすことに精一杯の日々が続いる。その中で印象に残っている出来事がある。その患者様は、直腸癌によりストマ造設予定での入院。もともと、ADLフリーで、手術の対して否定的だったが家族の方などの周りの説得もあり手術を決断した患者様だった。しかし、手術後は疼痛による食欲不振、旧肛門部の壊死による数回のデブリードマン・VAC療法を行い、長期臥床からADL低下。
さらに、ストマの閉塞があり、現在あるストマを閉鎖し、新たなストマを造設する手術施行したが完全に閉塞できずに、ストマが二つになるという状態になってしまった。そのためか、普段は優しい患者様もストレスが溜まり、治療で仕方がないこと、医師や看護師、他職種が病気治そう状態を良くしようとしていることを理解されているが声をあげることがあった。
 私は、永久ストマ造設を行う患者様も、このようにストレスが高くなってしまった患者様をプライマリーとして受け持つのは初めてのことだった。しかし、様々な治療や重症下のリスクもあったため、日々の仕事で受け持ちになることが少なく、どのように関わりを持てば良いのか迷っていたが、とりあえず患者様の所に行かなければ何も始まらないと思い、業務の合間や残業のようになってしまうが業務終わりに患者様の所に赴き、患者様の調子を聞き「また来ます」という日々が続いた。
 そんな中、受け持ちになったときに患者様の表情を見て、いつもより調子が良いと感じたので車椅子に移乗させ出来れば病棟内を散歩させたと思った。車椅子に移乗させた後にその患者様が「他の階に友達が居るから会いたい」と話された。その日は私も忙しく、フリーの看護師も忙しく働いていた。タイムスケジュール通りに業務を行うためには、連れていけないことを説得することが正しいかも知れないと思いつつも、患者様の調子が良く、普段あまり欲求を言われないにも関わらず話してきたことを考え、その友達の方に会いに行くことにした。
少しの時間しか滞在することができなかったが患者様は喜ばれていたので、時間があるときにもう一度会いに行きたいと思った。数日後に患者様の所に赴くと「この前、あんたと会った○○さん亡くなったよ。あの時会えて良かったありがとう」と言われた。もう一度会いたいと思っていたので、悔しい思いと連れて行って良かったと思った。
 今回の患者様との出会いで、どんなに忙しくても、患者様の要求を自分勝手な要求と受け止めることや、できないと判断するのではなく、患者様の要望が実現できる方向を探っていくことが大切と感じた。今後、この経験を活かし看護を行っていきたいと思う。

実地指導者 金山 舞
        1年間を振り返って
 入職して1年が経ち、この1年間様々な経験が出来たのではないかと思います。
お疲れ様でした。入職しはじめた頃は内気な性格であまり思った事を口にしない人だと思っていました。実地指導者として関わっていく中、思春期の息子と話すみたいにぎこちないコミュニケーションしかとれず、日々の面談の時もあまり会話が続かなかったのを覚えています。
 黒原君は日々の業務の中で、忙しくても丁寧に対応しており、その姿には感動していました。
患者様や職員に対しても優しく対応する姿はこれから新しく入職してくる新人看護師へと受け継がれていけば良いなと思っています。
 プライマリーであったT氏は、長い入院期間で数回にわたる手術もあり、不安やストレスなど様々な心境であったと思います。看護師に思いをぶつける時期があったり、活気がなくあまり話をすることがない時期などもありましたが、めげずに関わっていき患者様の事を思い行動出来た事で今回のような経験が出来たのではないかと思います。
 今、1人で出来る事も増えてきて自信へと繋がっていっているのではないかと思います。
指導した事もすぐ吸収出来ると思うので、これからも日々向上していって下さい。
これからの成長も楽しみにしています。頼りない実施指導者でしたが、1年間有難うございました。

6西病棟師長 山下 朋子
         「みんなの支えに感謝
 黒原君の最初の私の印象は、おとなしい子だな、話が出来るかなでした。
予感は、的中し入職して数カ月間、黒原君は、コミュニケーションと社会人のルールという言葉にいっぱい悩まされましたね。数カ月は、毎日、私やスタッフ全体で黒原君と面談をして、話をしましたね。私が怒ることもありましたね。指導され辛かっただろうけど、黒原君は、毎日ちゃんと勤務にきて、気が付いたら私の側に立ち、何か言いたそうにモジモジしている姿がありましたね。
そんな黒原君が、いつの間にか、大きな声で挨拶が出来るようになっている事に、私とスタッフ達は気づきました。患者様の視線に合わせ一生懸命に会話をしている黒原君がいる事に気づきました。黒原君は、確実に成長している事に嬉しかったことを覚えています。
 その頃、この症例の患者様に、黒原君は関わることになりました。看護師に思いをぶつける時期があった患者様の要求を自分勝手な要求と受け止める事や、要望に出来ないと判断するのではなく、患者様の要望が実現出来る方向を探っていく事が大切と感じてくれました。
すばらしい気づきですね。この成長は黒原君の努力はもちろんですが、実地指導者をはじめ、スタッフの協力があったからですね。みんなの支えに感謝して、これからも一緒に頑張りましょうね。
 これからも宜しくお願い致します。

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新人看護師 文田 裕乃
        プライマリー患者様との関わり
 入職し1年が経過し、私は、多くの方々と出会い、様々な経験を行うことが出来た。
その中でも1人の患者様との関わりが強く残っている。
入職し、約半年が経過した頃、腸管穿孔を起こし救急搬送後、ハルトマン手術が行われた患者様(以下、A氏とする)が、ICUより病棟に移動となった。その際に私は、受け持ちを行い、A氏のプライマリーを行うこととなった。術後は、認知症から点滴の自己抜針やオムツ剥がし、バルーンカテーテルの自己抜去などの危険行動がみられ、身体抑制が行われた。安全の保持のために行われている処置であるが、身体抑制により手足をばたつかせ「はずせ。」と大きな声を上げる姿を目にし、心が痛んだ。せん妄症状が落ち着いた際は、車椅子に移乗し詰所で過ごされていた。
 その時は、職員と会話をし、時には、冗談を言う様子をみて安心する気持ちとこのまま良い経過をたどってほしいという思いがあった。しかし術後、食事が開始となるが、38℃台の発熱が長期間続き、ストマ陥没による腹腔内の炎症がおこり、膿瘍ドレーンが挿入された。ADLの低下もみられベッド上に寝たきりの状態となった。
 また、難聴もあり質問に対しての返答がみられず会話が困難な状況であった。
私は、食事の際にA氏が少しでも食事がとれるよう、A氏の好むものから食べるよう順番を考慮したり、食事の種類を伝えながら介助を行うよう心掛けた。
日を追うごとに、A氏が衰弱する様子をみていくなかで、私自身も今後どのような経過をたどるのだろうという思いと、A氏に対し、私は、何もできていないのではないかという思いが続いた。
A氏の妻は、定期的に面会に訪れ「父ちゃん」と声掛けをし、食事介助等も行っていた。A氏の状態が変化している様子を妻は、どのような思いで面会されていたのか、どのように声掛けをしてよいかわからず、様子を見守ることしかできなかった。
 その後、入院してから約5か月が経過した頃に他病棟への移動が決定となった。
A氏が移動され数週間が経過した頃、A氏が亡くなったということを私は、知った。A氏と出会い、約5か月の間関わるなかで、先輩看護師より教えられた「プライマリーの方の顔を見に行ってね。」ということは常に心がけるようにした。日を追うごとに返答が少なくなっていったが、勤務の際は病室へ尋ね「Aさん、おはよう。今日は晴れているよ。」など何気ない声掛けを行った。私がA氏に対し行えた看護ケアは、少ないものであると思うが長期入院される患者様に対し、誠実な姿勢で関わり続けるということは重要なものであるということが今回の経験をとおし学んだ。
今後、関わる患者様に対して入院期間中は、特に病室を訪ね、誠実に関わっていきたいと思う。

実地指導者 岸上 奈央
        「1年間を通して患者様との関わりの大切さ
 入職して1年経ちましたね。1年間お疲れ様でした。
入職当時、緊張しながらも、皆に挨拶していたのを覚えています。文田さんは、「しっかりしないと。」と頑張っていて、声をかけると「大丈夫です。」と言うのが、口癖のように思いました。
そんな文田さんは、いつも一生懸命で勉強したり、積極的に患者様に関わっていたと思います。
 段々と受け持ち患者様が増え、出来る事も沢山できました。その中で業務の間やフリーの時に患者様に声をかけコミュニケーションを図っていました。少しずつ慣れた頃に術後の看護から、せん妄、そして看取りと経過を辿る患者様A氏と出会いましたね。
プライマリーとして「どうしたらいいのか。今後どうなるのか。」と沢山の不安を感じたと思います。
その中でも、文田さんが自分に出来る事を考え、日々接していたのを覚えています。
私達、看護師に出来る事は限られていますが、その限られた中で出来る事は私達看護師にしか出来ない事も沢山あります。それは、A氏を通して学ぶ事が出来たのではないでしょうか?
どのように声掛けをして良いか分からず、世間話をしても見守っている事しか出来なくても、患者様やご家族にはその気持ちが伝わっていたと思います。
 この1年で、私自身も沢山の事を思い、「看護とは。」と考え共に学ぶ事が沢山ありました。
患者様はそれぞれの疾患、痛みや不安を抱え入院しています。患者様・ご家族に寄り添いながらも自分の中の「看護」を忘れずに接していきましょう。1年間、お疲れ様でした。
そしてこれからも一緒に学び、頑張りましょう。

6西病棟師長 山下 朋子
         「一歩一歩の力
 毎日コツコツ仕事をしている文田さん。
A氏のプライマリーになり今回、多くの事を学びましたね。患者様とご家族は不安の中で入院生活を送っています。私達の一言や行動・表情が力にもなり、力を奪う事もあります。
A氏との出会いは、文田さんの心に多くのものを残してくれましたね。「誠実な姿勢」が大切だと感じた事は、本当に良かったと思います。文田さんが看護をする姿をみていると、患者様に寄り添い、丁寧にお話ををしている所を見受けます。素晴らしい事です。
文田さんは、しっかり者だねと良く言われます。本当は、責任感が強すぎて人にいっぱい気を遣う文田さん。自分がいっぱいいっぱいなのに、同期の面倒を見たり、もっと頑張らないとと自分を追い込む事がありましたね。話をする中で、涙もいっぱい流しましたね。
 でも、そのことが1年を通して成長に繋がりました。日々、ニコニコ笑顔の文田さんと患者様とのエピソードを嬉しそうに報告してくれる姿を見ていると、とても嬉しく思います。
今後も、先輩達に支えられながら、一緒に頑張っていきましょうね。
 1年間お疲れ様でした。これからも宜しくお願い致します。

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新人看護師 俣 雄也
        「家族の入院を通して

 看護師になり1年が経ち急性期病棟で多くの患者様と出会いさまざまな分野で学びを得てきた。また、この1年忘れることのない体験もできた。特に刺激を受けたエピソードは祖父の入院がきっかけであった。病院に勤めて9ヶ月になったある日、祖父が発熱と悪寒戦慄、気分不調を訴え救急搬送された。総胆管結石に合わせ敗血症の兆候もみられ重篤な状態にあった祖父はそのままICUに緊急入院となった。緊急入院となった祖父は高熱と悪寒もあり、ぐったりした様子で点滴やNGチューブなどが入れられた重篤な状態であった。
その日のうちに抗生剤の投与や様々な検査と治療が開始された。突然のことであり頭の片隅で祖父のことを考えながら過ごす日々が続いた。その後、自分の勤務する病棟へ移動となり、リハビリの介入や食事の開始など日に日に状態はよくなっていった。
 看護師として勤めていると同時に、患者様の家族という立場を体験した。可能な限り休日や帰る前に祖父の元へ顔を出し面会するようにした。面会を重ねるごとに祖父の表情は穏やかになったように感じ、普段あまり話さない祖父から「わざわざありがとな」「来てくれて嬉しいよ」と声をかけてもらった時は患者様にとっての家族の大切さを感じた。その後、状態が安定し退院となった。
 3週間ほどの入院であったが、入院当初はベッド上での生活を余儀無くされていた祖父が独歩で退院する姿は新鮮であり印象深いものであった。この3週間様々な点滴や内服薬、検査が施され、状態回復へと移行する場面を目の当たりにしてきた。それぞれの治療に意味があることを改めて感じ、現在の患者様の状態把握、その状況にあった最善の治療が重要だと感じた。
今回の経験を通して、入院患者様の家族の気持ちや思いを身をもって感じることができたと同時に、業務に追われて患者様や家族の声に耳を傾けられていなかったことや気持ちに寄り添うことができていなかったことに気づかされた。今回の体験は自分にとっての反省点でもあり、貴重な体験を通して患者様、家族との関わり方を学ぶことができたと感じる。
 入院を余儀なくされた患者様の中には、救急搬送や疾病にと向き合う心の準備がままならずに入院となることも少なくない。そんな時に、病院という不慣れな環境の中で医療従事者である自分たちの関わりが大切だと思う。今回感じたことや経験したことを入院している患者様との関わりに活かせるように日々、業務に励
んでいきたい。

実地指導者 磯田 彩花
        「1年間を振り返って
 1年間、お疲れ様でした。桑俣君は、入職当時、緊張した様子だったので心配していましたが、病棟に慣れてくると同時に、いつも笑顔で患者様への対応も丁寧だったことが印象に残っています。
課題や振り返りのレポート以外に、「勉強したので確認をお願いしてもいいですか?」と提出してくれていましたよね。とても真面目な性格で、仕事も一生懸命頑張ってくれていたと思います。
 そんな中で、家族の入院がありましたね。家族のことは、私自身も受け持たせて頂きましたが重症だったので心配だったと思います。その中でも業務はいつも通りこなし、業務が終わると家族と面会していたことは家族にとって嬉しく、励みになっていたと思います。
 今回の経験は、桑俣君にとって家族との関わりの大切さを学び、色々考えるきっかけになったと思います。1年目は、業務をこなす事に必死だったかもしれませんが、2年目では患者様や家族への関わりをもっていけるようにしてもらいたいです。
 これからの成長を楽しみにしていますね。

6西病棟師長 山下 朋子
         「家族の大切さ
 看護師1年生となり多くの経験をしてきましたね。
1年間あっというまじゃなかったでしょうか。物静かでしっかり者で、いつも「大丈夫です。」ということしか言わない印象が強い新人看護師さんでした。同期の新人看護師が、月日が経つにつれ、泣いたり、辛いと話す中で、桑俣君は「大丈夫です。」と答えているものの視線を合わせない日々がありました。どうしたら話をしてくれるのかな?と心配をしていましたが、面談を重ねていくうち、しばらくしたある日、「辛い?」の問いかけに、黙ってコックリとうなずいた桑俣君を見て、気持ちを表現してくれた事と成長段階にいる事を実感し、私は、嬉しく思ったことを今でも覚えています。
 今回、桑俣君は、家族の入院という経験をしましたね。今回の経験を通して、入院患者様の家族の気持ちや思いを、身を持って感じる事が出来たと同時に、業務に追われて患者様や家族の声に耳を傾けられていなかった事や、気持ちに寄り添う事が出来ていなかった事に気づかされたとありますが、この思いは、とても大切な事です。とても貴重な経験をそましたね。
その気持ちは、ずっと忘れずにいて下さい。そして、今後の看護に繋げて下さいね。
そして、今後も先輩達に支えられ成長していきましょう。illust1064_thumb
これからも一緒に病棟を盛り上げていきましょうね。
宜しくお願い致します。

                  次回は、7階東病棟) 内科に所属する
                     4名のナラティブ報告を紹介します。

                            お楽しみに!!!

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